融通念仏宗(ゆうづうねんぶつしゅう)
お題目
「
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」であり、この念仏を唱えることで「誰もが救済される」と説いています。このお題目は、故人の往生を願う葬儀の場でも用いられ、僧侶だけでなく参列者一同で読経することが特徴です。
お題目の意味
南無(なむ):仏の力におまかせする、帰依するという意味のサンスクリット語です。
阿弥陀(あみだ):仏教の仏である「
阿弥陀如来」を指し、無量の命と果てしない光を持つ仏として称えられます。
仏(ぶつ):
仏陀(仏)の略で、悟りを開いた者を指します。
したがって、「南無阿弥陀仏」は「阿弥陀仏にすべてを委ねて感謝する言葉」と解釈されます。
開祖:
良忍(聖應大師)
本尊
十一尊天得如来(じゅういっそんてんとくにょらい):融通念仏宗特有の本尊であり、中央に
阿弥陀如来が立ち、その周囲に10体の菩薩が取り囲む姿を描いた絵像(来迎図)です。
良忍上人が念仏修行中に
阿弥陀如来から示現を受け、授けられた一枚の白絹に記されていた姿が基となっており、一人と万人の念仏が通じ合う「融通」の教えを象徴しています。
本山:
大念佛寺・大阪府
日本で生まれた浄土系仏教の一派で、大阪市平野区の
大念佛寺を総本山とします。
平安時代末期、僧侶の良忍(りょうにん)が阿弥陀如来から授かった「一人一切人、一切人一人…融通念仏」の教えに基づき開かれました。
この宗派の核心は、個人の念仏の功徳がすべての人に広がり、すべての人々の念仏が自分に還元されるという「念仏の融通」によって、人々がこの世で極楽浄土に速やかに往生することを目指すことです。

歴史
開宗:1117年(永久5年)、大原(おおはら)の来迎院(らいごういん)での修行中に、
阿弥陀如来から「融通念仏」の偈文を授かり開宗しました。
特徴:中国から伝わった仏教を基礎にした宗派が多い中、日本で修業を積んだ僧侶が開いた、日本初の国産仏教とされています。
教えと特色
念仏の融通:唱える念仏(「
南無阿弥陀仏」)が、自分と他人、さらにすべての物事と相互に融け合い、新しい大きな力となるという考え方です。
速疾往生(そくしつおうじょう):念仏の功徳によって、誰もがこの世のまま、速やかに仏の道に至れるという「
他力往生」の考え方を重視しています。
功徳の共有:自分一人が唱える念仏の功徳が、すべての人々に分かち合われ、同時にすべての人の念仏が自分の功徳となることで、皆が救われることを目指します。
伝統行事
万部おねり:総本山の大念仏寺で毎年5月に行われる伝統行事で、二十五菩薩の装束をまとった踊躍念仏(ようやくねんぶつ)の一団が橋を渡る様子は、多くの人々を魅了します。
華厳宗の影響を受ける。
- 十一尊天得如来(じゅういっそんてんとくにょらい)とは、融通念仏宗の宗祖良忍上人が阿弥陀如来から授かったとされる絵像で、阿弥陀如来と10体の菩薩(観音・勢至など)が描かれています。この絵像は融通念仏宗特有のもので、大阪市平野区にある総本山大念佛寺の本尊となっています。
- 良忍(りょうにん、延久5年1月1日(1073年2月10日)? - 天承2年2月1日(1132年2月19日))は、平安時代後期の天台宗の僧で、融通念仏宗の開祖。聖応大師。 尾張国知多郡の領主の秦道武の子。良仁とも書き、房号は光静房または光乗房。生年は延久4年説もある。 比叡山東塔常行三昧堂の堂僧となり、雑役をつとめながら、良賀に師事、不断念仏を修める。また禅仁・観勢から円頓戒脈を相承して円頓戒の復興に力を尽くした。
- 他力往生(たりきおうじょう)とは、浄土教(特に浄土真宗や浄土宗)において、自身の修行や善行(自力)ではなく、阿弥陀仏の「本願力」という他力にすべてをゆだね、そのはたらきによって極楽浄土へ生まれ変わること(往生)を指す教えです。
- 大念佛寺・大阪府