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お釈迦様仏陀(ぶっだ)釈尊 釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)

「釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)」は、仏教の開祖であるお釈迦様の正式名称であり、「釈迦牟尼(釈迦族の聖者)」を意味します。お釈迦様(ゴータマ・シッダールタ)は、紀元前5世紀頃にインドで実在した人物で、苦悩を経て悟りを開き「仏陀(ぶっだ=覚者)」と呼ばれるようになりました。仏教では、この「仏陀」の位に達したお釈迦様を「釈迦牟尼仏」と呼んで敬います。

仏教の開祖である ゴータマ・シッダールタのことです。約2500年前にインドで生まれ、29歳で出家し、35歳で悟りを開き、仏陀(ブッダ)となりました。その後、45年間教えを説き続け、80歳で亡くなりました。
お釈迦様仏陀(ぶっだ)釈尊 釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)
【お釈迦様の生涯】
誕生:紀元前5~6世紀頃、現在のネパールに近いインドのルンビニーで、釈迦族の王子として生まれました。
出家:29歳で、老いや病、死といった人間の苦しみに悩み、王子としての生活を捨て、出家しました。
悟り:6年間の苦行の末、菩提樹の下で瞑想し、35歳で悟りを開き、仏陀となりました。
教化:悟りを開いた後、45年間、インド各地を巡り、仏教の教えを説き続けました。
入滅:80歳で、クシナガラで入滅しました。

お釈迦様の姿は、仏教における開祖である釈迦如来として、様々な形で表現されます。一般的には、出家後の簡素な姿、悟りを開いた姿、そして涅槃に入る姿などがあります。
出家後の姿:釈迦は王子として贅沢な生活を捨て、出家しました。そのため、仏像では、頭には螺髪(らほつ)という巻き貝のような髪型、衣をまとった簡素な姿で表されます。また、肉髻(にっけい)と呼ばれる頭頂部の隆起や、半眼の表情、施無畏印(せむいいん)と与願印(よがんいん)を結んだ手などが特徴です。

悟りを開いた姿
:釈迦は菩提樹の下で瞑想し、悟りを開きました。この姿は、座禅を組んで瞑想する姿や、大地に触れることで悟りを開いたことを示す降魔成道の姿などで表されます。また、釈迦如来像は、左右に文殊菩薩普賢菩薩を従えた三尊形式で表されることもあります。
釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)
涅槃に入る姿:釈迦は八十歳で亡くなる際、沙羅双樹の下で涅槃に入りました。この姿は、涅槃像として、右脇を下にして横たわる姿で表されます。
誕生の姿:釈迦の誕生を表現した誕生釈迦仏立像もあります。これは、右手を上げて天を指し、左手を地を指して「天上天下唯我独尊」と唱えたという伝説に基づいています
お釈迦様
お釈迦様と仏陀
:仏陀(ブッダ)とは、「悟りを開いた者」という意味で、お釈迦様以外にも、悟りを開いた人物を指す言葉です。
お釈迦様は、ゴータマ・シッダールタという個人を指す名前であり、仏陀と呼ばれることもあります。
お釈迦様の教え:お釈迦様の教えは、四諦(したい)八正道(はっしょうどう)など、様々な教えがありますが、根本的な教えは、苦しみから解放されるための智慧を説いたものです。
諸行無常」(しょぎょうむじょう)、「諸法無我」(しょほうむが)、「涅槃寂静」(ねはんじゃくじょう)という仏教の三法印は、お釈迦様の教えを理解する上で重要な概念です。
「自灯明・法灯明」(じとうみょう・ほうとうみょう)という、自分自身を頼り、仏の教えを頼りとして生きるという教えも、お釈迦様の重要な教えの一つです。
今日すべき事は明日に延ばさず、今を確かにしていく事こそ、よい一日を生きる道である。
過去は追ってはならない、未来は待ってはならない。ただ現在の一瞬だけを、強く生きねばならない。

【お釈迦様とゆかりのある仏教行事】
お釈迦様の誕生した日(4月8日)を「花まつり」として誕生仏に甘茶をかけてお祝いする。
お釈迦様が悟られた日(12月8日)を「成道会」として苦行の末にお釈迦様が悟られた事を讃える

関連

  • 四諦(したい)とは、釈迦が悟った4つの真理(苦・集・滅・道)であり、人生の苦しみの原因を突き止め、そこから解放される方法を説いた仏教の根本教義です。人間の人生を苦(苦諦)と認め、その原因は執着(集諦)にあると示し、執着をなくせば(滅諦)、正しい実践(道諦・八正道)によって幸福になれると説きます。
  • 八正道(はっしょうどう)とは、仏教において苦しみをなくし、涅槃(悟りの境地)に至るための8つの正しい実践項目(生活態度)です。釈迦が説いた中道(極端を避ける道)の具体的内容で、正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定から成り、人生を正しく明るく生きるための指針とされます。
  • 三法印(さんぼういん)とは、仏教の根本的な3つの真理(諸行無常・諸法無我・涅槃寂静)のことです。お釈迦様の教えか、それとも魔の説かを見分ける基準となる「認定印」のような役割を果たし、この世の真実を現わしています
  • 諸行無常(しょぎょうむじょう)とは、この世のすべての現象や存在は、常に流動変化し、一瞬たりとも同じ状態にとどまることはないという、仏教の根本的な真理(三法印)の一つです。永久不変なものなど何一つなく、すべてのものは生まれては消えゆく(生滅する)という現実を指します。
  • 諸法無我(しょほうむが)とは、仏教の根本的な教えの一つで、すべての存在(諸法)は相互に関わり合って(因縁)成り立っており、固定不変の「自分(実体・我)」というものは存在しないという真理です。独立したものは何一つなく、周囲に支えられているという「おかげさま」の視点から、自己への執着を離れ、心を穏やかにする教えです。
  • 涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)とは、仏教が目指す究極の悟りの境地です。貪り・怒り・愚かさといった「煩悩(ぼんのう)の炎」が完全に吹き消され、一切の迷いや苦しみが無くなった、静かで安らかな心の状態を指します。仏教における「四法印」の最後に挙げられる、真の平和を表す言葉です。
  • (ほとけ)とは、サンスクリット語の「ブッダ(Buddha)」の訳語で、真理に目覚めた「悟りを開いた人」を指す仏教の根本概念です。本来は釈迦(ゴータマ・シッダールタ)を指し、後に修行により悟りを得た者全般を指すようになりました。日本では、死者や如来菩薩像なども含め幅広く「ほとけ」と呼びます。
  • 釈迦如来 (しゃかにょらい)仏陀(ぶっだ)
  • 茂林寺・群馬県